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大阪幼児虐待事件

誰でもそうだろうが、黄金名もこのような事件に接すると、胸が張り裂けそうになる。

どうして、このようなことが起きるのだろうか?

単に、経済的なことが原因なのだろうか?

この容疑者には、子育て支援は支給されていたのだろうか?

なにか、高校生時代は担任の先生のお母さんの家にすみ、部活動のマネージャーもしていたそうだ。

黄金名にも二人の子どもがいるが、彼らが生まれて、初めてわが子を見た感激は永遠に忘れられない。

それは、その容疑者も同様だったに違いない。

それが、なぜあのような事件を起してしまうのだろうか?

もちろん、黄金名がその真相を知る由もないが、恐らくは、「自己重要感」の欠如が原因のような気がする。

自己重要感とは、自分が社会、家庭、職場、あらゆる集団において、ある一定の存在価値があると思えることだ。

黄金名は、今、この瞬間、自己重要感が低下している。

なぜなら、先ほど用事があって、電話した5人の友人が全員、留守電だったから。

そんなこと、たいしたことないじゃないか!

と、叱られそうだが、一人暮らしをしていると、こんなことでも気が滅入るものだ。

客観的にみて、黄金名は恵まれた環境にいるとおもう。

母は健在だし、二人の子どもとも上手くいっている。

塾はこのところ、3名も新規入校があったし、政治活動も堅実にしている。

そんな状況でも、ちょっとしたことで、自己重要感が低下することは事実だ。

大阪の母親は、自身の両親とは音信不通だったのだろうか?

なぜ、このように家族同士の人間関係がうまくいかないのだろう?

それは、相手のマイナス因子ばかりを探し、責めるからだ。

脳の中には様々な回路がそんざいしていると思う。

その回路は、道のようなもので、使えばピカピカになるし、利用しなければ、雑草は生えるし、通りづらくなる。

たとえば、ある出来事に接したとき、それを善・悪どちらに送るかが分かれ道のような気がする。

日頃、悪の回路ばかりを使っていると、善の回路は通りづらい状況になり、一層、つかわれなくなる。

すると、黄金名の生徒のある母親のように、子どもが98点とっても、

「あのケアレスミスがなければ、100点だった」

と、言うようになる。

要は、人を誉めることができなくなるのだ。

黄金名の想像では、大阪の容疑者は、生まれてから今日まで、誉められたことが皆無に近いのではないだろうか。

では、どうすればいいのだろうか?

続きは明日。

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