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日本と英仏の民主主義 Ⅱ

さて、昨日の続き。

日本ではルイ16世はフランス革命が起こって、問答無用で処刑されたイメージでとらわれていると思うが、事実はそうではない。

フランス革命は1789年で、ルイの処刑は1793年で、4年もの間隔がある。

この間、ルイはパリ脱出という判断ミスを犯している。もし、この事件がなければ、彼は死刑を免れたかもしれない。

日本にたとえれば、天皇が韓国に脱出をこころみるようなもので、国王の逃亡は、国民を見捨てたことに直結するだろう。

そのようなことが起きてから、ルイに関する議論がおきて、最終的に国会の議員投票により、死刑が決定された。

その票差が、1票差、70票差など諸説あるが、このようなことを議会での多数決によって、決定していたことに驚くほかはない。

しかも、それが222年前だったことに。

事柄にかかわらず、話し合って決定していく・・・

これが大切だ

じゃ、また

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