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鎌倉国松の遺影

父、鎌倉国松の遺影を壁に飾った。

今、この瞬間も黄金名を見守ってくれている。

やはり、写真とはいいものだ。

父との思い出話。

父は、良く手紙を書いていた。

食後、茶の間のテーブルで書くから、黄金名や弟がテーブルに触ると、

「こら、動かすな」

と、文句を言った。

「だったら。自分の部屋で書けばいいじゃないか?」

と、黄金名は反論した。なるほど、当時から、黄金名は理屈っぽかったらしい。

「お父さん、今年、商業は優勝するから、僕も甲子園に行きたい」

「優勝?そんなに簡単じゃないよ。でも、連れて行ってやるよ」

昭和49年の夏だった。そして、商業は甲子園で優勝した。

「金坊は不思議な運を持っている。初めて甲子園に行って優勝を見てくるんだから」

父は、銚子商業野球部の後援会長で、あれほど、無邪気に嬉しそうな姿は見たことない。

黄金名がツナキンの経営に参画するようになって、わずか2年のちに病で倒れ、手術を3回ほど受けた。

「お前が帰ってきたら、一緒に仕事をすること、楽しみにしていたのにな」

病院のベッドで、こう語った父は、無念そうに見えた。たぶん、死が近づいていることを悟っていたのだろう。

黄金名が父に受けた影響は、三つほどある。

1.演説の練習。風呂上りに、明日の演説を練習していた。

2.手紙を書く習慣。

3.読書の習慣。

父は大学には行っていないけど、随分、教養はあったような気がする。

じゃ、

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