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安藤勇先生と鎌倉金

安藤先生が旅立たれた。

先生は父とつきあいがあり、黄金名は存じ上げていた。

1981年に父は他界したが、当時、我が家が経営していた会社は、危機的状況にあり、金融機関も情勢をうかがっている状況だった。

その時、父は県にあっては「千葉県公安委員」、銚子市では「銚子商工会議所会頭」と、数々の公職についていた。

その会社に万が一のことがあっては、千葉県の、銚子市の一大事と、安藤先生は、体を張って行動してくださった。

その後、経営は小康状態がつづいたが、無念にも1996年に、終止符をうたざるを得なかった。

2004年に黄金名は民主党の「国会議員候補者公募」に合格し、2007年の千葉県議会議員選挙に銚子市選挙区から、公認候補として、立候補することになった。

ある人を通じて、安藤先生から、遊びにこいとの連絡が入り、数年ぶりにお会いしたが、お元気で、有益な助言をいただいた。

だが、選挙に慣れない、黄金名は、その行動や活動、また判断などに数々の誤りをおかしていた。

「鎌倉さん、選挙にでる人間が、失敗をいちいち気にしていたんでは、勝負にならないよ。前をみて、しっかり進みなよ」

そんな時、安藤先生がくださった、助言である。

「なんだ、俺のせがれを2度も、落として、しょうがねぇな」

「いや、俺も陰ながら応援したよ。だけどよ、民主党の看板がでていたんじゃ、表面にはでられねぇよ」

と、先生と父は酒を酌み交わしているのかな?

もちろん、嶋田隆大先生も一緒に。

じゃ、

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